越境ECという新しい物流市場

第1章 越境ECの基礎知識

 

1. 越境ECとは何か

 

2015年11月11日。BBCのニュースサイトによれば、中国のネット通販最大手のアリババ集団は、たった1日で912億元(約1兆7000億円)を売り上げたという。実に、楽天市場の3年分の売上、東京五輪の開催費用に匹敵する額である。中国ではこの「1」並びの日を「独身の日」と称してネット通販最大の特売日として、10億人を超える中国のスマートフォンユーザーに特売の商品を提供する。アリババ集団によれば、日本を含む25カ国から4万の業者と3万のブランドがこの日の特売に参加したという。(http://www.bbc.com/japanese/34784513)

売上を物量に置き換えてみたくなるのが運送屋のさがというものである。仮に1回の注文が300元としてみよう。そうすると注文件数にして約3億件。1件の注文が1kgとすると総重量はなんと約30万トン。912億元の売上を運送屋の方程式に当てはめると30万トンの貨物ということになる。このうちどれくらいの商品が日本から中国に運ばれたかは不明だが、日本商品大好きの中国ユーザーのことであるから、相当量の日本製品が9月から11月にかけて中国に輸出されたことであろうし、間違いなくこの3億個の荷物が個人の自宅に配送されたわけであるから、「独身の日」が物流業界に与えたインパクトはすさまじかったと言えるだろう。 この1年、越境ECという単語が新聞やメディアに頻繁に登場するようになった。全国各地で越境ECに関するイベントやセミナーも行われていて、どれも満員御礼のにぎわいだ。しかし大手のフォワーダーや船会社、倉庫会社は遠目からやぶにらみの様相で、積極的に手を出そうとはしている会社はまだ少ない。BtoB(企業間)向けの物流を専門に扱う彼らにとって越境ECとは、郵便や国際宅配便の世界の話であって、守備範囲外のビジネスなのかもしれない。

越境ECというと、メーカーや流通が運営する海外の個人向のインターネット上の通販サイトというイメージを持っている人も多いと思う。日本の通販サイトを多言語化して、カードで決済を行い、アメリカや中国にEMS(国際エクスプレスメール)か何かで商品を発送するビジネスという感じだろうか。それはある面、正しいのだが、越境ECのほんの一部分の姿でしかない。そこでこのコラムでは、越境ECの世界を物流業者の目線で解説しながら、市場の可能性を探っていきたいと考えている。 そもそも越境ECとは何か。

越境ECとは、EC(電子商取引)を利用した国際取引全般を指す。メーカーや流通、あるいは個人が、インターネット上に通販サイトを開いたり、オンライン上で提供される受発注・決済システムを利用しながら、国境を越えて商品の売買を行ったりする新しい形の貿易形態である。他国の通販サイトやショッピングモールに商品を出品したり、その国の倉庫に在庫を預けて通販をおこなったりすることも越境ECである。その主役たる荷主には貿易部も国際部もなく、インコタームスなどもちろん知らない人たちが、国内ECでは飽き足らず、越境ECを使って世界へ出ようとしている。

もちろん輸出だけではない。海外のメーカーが日本の消費者向けに通販サイトを開いたり、日本の通販モールに出品したりする場合もある。中国で製造した商品を、直接アメリカのサイトに出品しようという、いわゆる三国間貿易のような通販モデルを考えている会社もある。

越境ECとはいえ貿易であるから、当然物流が発生する。輸出入である以上、税関も通さなければならないし、場合によっては関税や消費税も発生する。ワシントン条約や知的財産権、航空危険品といった様々な規制にも目を配らなければいけないので、それにはプロの国際物流業者のノウハウやアドバイスが必要なはずだ。にもかかわらず、越境EC物流のメインプレーヤーはいまだに国際郵便である。プロの国際物流業者からみると、越境ECの物流は、手間がかかる割に物量も少ない、半端な国際貨物なのかもしれない。

次週は、なぜ今越境ECビジネスがこれほど取りざたされているのかを少し掘り下げてみようと思う。そこには驚くべく越境ECの物流市場の姿が見えてくるに違いない。